• 構想日本の活動

教育行政


2001/05/09(水)
教育テーマ討論「いじめと自殺についてどう教えるか」

司会、まとめ担当:佐藤 将明

■はじめに 

4月18日静岡でいじめを苦にした高校生自殺に8800万円の賠償命令がありました。親は、いじめの事実を知りたい、いじめを苦にした自殺をなくしたいという思いから訴訟されたのだろうと思います。

いじめを原因とした自殺は、これまでも少なからずありました。我々は、子どもに日頃なにを教えていき、またどのような対応を取ることによりことにより、自殺をなくしていけるのでしょうか。

地域の役割、先生の役割、親の役割という視点をもちつつ、心得を持てればと思います。(日経新聞参考)


■人はなぜ自殺するのか 

株本さんのメーリングリストへの投稿「『いじめられ』自殺の防止のために」[ji-edu:0452]から、自殺がわかり始めてきました。

自殺は、絶望と否定と逃れの果てにあります。なぜ果てに向かうのかは、暴力の構造を理解するとわかります。

暴力は強いものから弱いものへ連鎖し、エスカレートします。暴力を受け続けると、無力感を高め、自分の存在価値を見出せなくなります。暴力とは、人格を無視する行為です。

「なにも自殺しなくとも登校拒否でも家出でもすればいいのに、死ぬくらいなら何でもできる」という意見があるでしょう。これは元気な人の論理なのです。それができないから自殺したのです。これ以上頑張れないほど頑張ってるのです。

自分の力の足らなさに苦しんでいる人への不用意な言葉は、むしろその人を追い込むことになります。それが周りとのコミュニケーションを断つきっかけともなり得ます。自己を否定している所へ他者をも否定することになるからです。

「他に方法がなかったのか?」と考えるのは彼らでなく我々であり、自殺がどんなに悲しいか考えるのは我々です。


■子ども扱いするのはでなく 

彼らには頑張ることよりも、安らぐことが必要なのです。頑張らねばならないと追い込まないことです。子どもが考えたことを試すなり、実行するなり周りに迷惑のかからないことなら許される環境が必要だと思います。多様な価値観、さまざまな生き方を尊重する雰囲気と弾力性が望まれます。

子どもは大人が思うほど子どもでなく、大人は子どもが思うほど大人でないといいます。子ども扱いして実社会から遠ざけるのでなく、権利意識を育てる事が、必要です。

子どもにはいじめと自殺は、身近な問題です。時には、親子で自殺について話し合わなければ、子どもの自殺が親たちにもたらすであろう苦しみも理解されないでしょう。

ある程度、失敗する自由も許すことではないでしょうか。

自己を維持する強い成功体験は、失敗を通して自分から学び、失敗を克服することです。上手くいっている時は、人からの教えもなかなか届きません。


■子どもに見つけてもらいたい 

子どもが子どもの世界の問題を解決できるのが理想です。子どもたちが「いじめはおかしい」と言い出せるような環境づくりに、大人ができる手助けは、あるでしょう。子どもたちの社会体験教育としても、興味深いと思います。

愛知県緒川小学校では、教員主導の生徒会でなく、子供たちが問題を話し合う自治会「ホワイトハウス」の紹介がありました。CAPプログラムは、子どもたちの人権意識を育てることによって、心を傷つける暴力、身体を傷つける暴力、性的な暴力などから身を守る方法を教えるプログラム。

10代による10代のための電話相談。
ディベートによる相対化の学習。
等の試みがあります。


■なぜ人は自殺してはいけないのか?

「君がいてくれることがとても嬉しいから、どんな小さなことでも困っていることがあったら相談してね。そんな時には力になりたい。」私たちは、そんな愛のメッセージをいつも言葉と態度で送っていることが必要です。

生きることは、どんな人でも大変であり苦しい時があります。だから、人は生きる意味を考え、求めもがいて生きる意義を感じるます。だからこそ、その人自身でいることに価値があります。それを無視することが暴力です。

生きる価値を感じるから理解してほしいと思う。もっと楽しむこと、もっと喜ぶこと、それらを見せたり教えたり、サポートすることをしたいと思いう。それは人間愛であると考えます。

なぜ人は自殺してはいけないのか?人は必ず誰かから愛されているからと伝えたい。

愛情を最も肌感覚で伝えられるのは、親であると考えます。自殺に追い込まれる直前には、相談を受けられないことを理解し、いつも伝えるという姿勢に賛成です。

子どもを一つの人格として多面的に理解しようとする態度の1つとして、学校に行って地域の学習ネットワークをつくるなかで理解することが有効であると考えます。



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